soueggs’s diary

社会不適合者たちの駄文交換会

自然という、作為について

なんとなく、このブログのことを思い出す夜がある。

 

それは、早い時間から酒に溺れた日。

またそれは、仕事に疲れ果てた夜更け。

またそれは、女性と別れたあとの電車のなか。

 

 

久々に訪れるその廃墟には(もともとこの場所に活気があったことはないが)

新規の投稿で、悲痛な叫びが書かれていることがある。

くだらない笑い話をマジメ(なフリをして)に語るやつがいる。

軽やかな駄文の亡霊が、うようよと集まっていることがある。

 

 

いまだ、人を殺したという文章が載っていないことだけが救いではあるブログだけども人生の滋味のようなもの――それがあふれた投稿というゲロが、終電後の最寄り駅と同じくらいに、軽快に放たれる場であればよいなと思う。

 

 

最近の僕のことを話そうかな。

 

この年齢になって、つまりは30歳になって(もひとついうと、もう31歳になる秒読み中なのだが)恋愛における“自然消滅”という事象を久々に経験した。「社会的に」とか「社会人としての」とか、そういう枕詞をつけたモラルを当然のように突きつけられる年齢になって、だ。学生時代の話ではない。

 

自然消滅なんていうけれど、“付き合う”という選択をしたふたりにおいて、その関係は自然には消滅しない。そこには確固たる“作為”が存在する。

 

電話をすれば、あるいはLINEのスタンプをひとつ送れば、僕たちの関係は“自然消滅”ではなくなるはずだし、それはそんなに難しいことではないと思う。

 

だけど僕らは作為的な“自然消滅”を選んだ。なぜだろう。

 

めんどくさい。もういいかな。何かをはっきりさせるのはちょっと、いまはダルい。

 

そういう発想が許される(気がする)最後の土俵、それがもはや恋愛だけになってしまった気がする。甘えだろうか。その延長に、今がある。

 

 

“自然消滅”を“自然消滅した”と言い切るとき、そこにはちゃんと終わりがある。

そんなつまらない話を、取材後の送りのタクシーのなかでふいに年若いタレント(の卵と言ってもいいだろう)にしたときに、「オトナはオトナでめんどうなんですね」と寂しそうな表情で言われた。

 

 

 

 

「でもおもしろい。僕でよければ、慰めますよ」

 彼の表情には、さっきの寂しそうな何かは消え、ある種のいたずらな熱が見てとれた。

 

 

 

 

彼の家の前に、タクシーが到着する。

“自然発生”という言葉にも、もちろん“作為”があることを、僕は知っている。

 

【3号】

友達の友達まで公開

恋をしている。


恋をしていることを「恋をしている」としか表現ができないなんて、なんてもどかしい。

でもそれが一番適当な気もする。

僕は係長に恋をしている。

係長「と」恋をしている、ではないのが残念ではあるけど、片思いだろうと関係ない、人生でとても重要な人だ。

僕の人生が朝ドラだったら、オープニングのスタッフロールで一番最後に出てくる大物俳優。あるいは作中で死んだあとナレーションを任されるおばあちゃん。仏壇の写真がたまに怒った顔になるやつ。

「なんやろ、このドキドキぃする気持ち。熱でもあるんちゃうかって体温計さん使うて調べるけどどっこも悪ゥないねん。なんやろこれ、もしかして…」

N「恋、ちゅうんやで。トイレにはきれいな神様がおるんやで」


しかし「適当」は嫌だ。言葉の先を行きたい。他人が作ったものに囚われたくない。僕だけの表し方で係長に恋をしたい。

別の言い方を探ってみよう。(なんかここの文字大っきくなってない?嫌だわ〜)


まぶたを閉じると係長がいる。

そうそうそう、眠れないときに現れては消えるオレンジ色の万華鏡みたいなやつね〜

っておい!!マン毛て!下ネタはやめてください!


係長のことを考えると首からお腹にかけて暖かい氷がとけていくみたいなじんわりした気持ちになる。

そうそうそう、ドライなシェリーにその不思議な氷を浮かべてちょっとトロピカルでココナツな熱帯夜…っておい!「お腹にかけて」?!だから下ネタはやめてくださいってば!!!


電車を待ってる間も不思議とBGMが頭の中に流れていて、落書きだらけの壁やなんの汚れか分からない黒い染みがついた点字ブロックもすべてキラキラゴテゴテと輝いて、ドラクロワの絵画みたいな、なんというのか、私恋をしているって感じの。

そう、

恋をしている。

これっきゃないっしょ。


みんな転職をしたり、出世をしたり、趣味のスポーツの道具もご褒美とか懸賞に当たったからとかじゃなくて普通にちょっといいもの買えるようになってて、仕事は嫌だけど別にだからといって投げ捨てるほど嫌なわけじゃないし生きていくうえでどうせ働かなくちゃいけないなら今の職場で友だちも恋人もいるこの地で続けていくしかないって感じで平成を生きる30代らしく青臭いガムシャラな感じはもう2016年に残してきてて、結婚したりもして、悩みは「毎日エロいことを考える僕は異常なんでしょうか」とか「オナニーしすぎて勉強が手につきません」ってことじゃなくて結婚相手の両親のことだったり、自分の親のことだったり、結婚相手と自分の親のことだったり、なんか僕がいる「ここ」とは全然違っててちょー焦(あせ)る。

焦(あせ)り汁が出る。


僕はまだmixiの文学部18のコミュニティに立ち止まったまま。

マストドンに登録した方がいいかな(爆藁)


(勝手にブログ投稿してごめんね)

近況とみせかけて旅レポ

どうも9号です

皆様お元気してはりますでしょうか?

8年twitterやりましたが、時間の無駄だったなぁと辞めた今感じています

とはいえ色んな人と仲良くできたことは全く無駄無駄ではあWRYYYません

 

twitter辞めてからの話です

去年、10年ぶりの家族旅行でお伊勢参りをした結果、

家族全員が喘息を発症するという怪奇現象が起こりました

※喘息持ちの家系ではない

点滴打ったり真夜中に発作が起きたりして本当にマジでreally死ぬかと思いました

なってみなければわからないつらさ

 

喘息を発症したのをきっかけにすごく不思議なことが立て続けに起きたのですが

バリ眠いのではしょります

とりあえず結論だけ言うと、来月から鉄道員にジョブチェンジします

さよなら印刷業

 

あと初めての海外一人旅でドイツとフランスに行ってきます

ドイツの温泉めぐりするんですが、欧米人は下のおけけ処理するそうなので

ブラジリアンワックスで原生林をパイパンにして行きます

 

混浴だしワンチャンあるかなと思ってコンドーム持っていこうかとも考えたんですが

きっと日本のだとサイズ合わないだろうし、そのうち9号は考えるのをやめた

ていうか日本の混浴も入ってきたけどワンチャンなんて一切なかったわダボがァーっ!

 

ところで皆様もお伊勢さんお参りする時は覚悟して行ってくださいね

二見興玉神社→外宮→内宮→金剛證寺朝熊山)でお参りするとすごくイイです

あと志摩市伊雑宮もオススメ

あとあと京都の安井金比羅宮と滋賀の多賀大社もヤバいです

何の話やこれ

 

ドイツに行こうと思ったきっかけが、先月行った大分の山奥の炭酸泉

長湯温泉で見つけたこの建物

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世界有数の炭酸泉がある長湯とドイツのバートクロツィンゲンは姉妹都市

お互いの温泉施設を作り合いっこしたそうです

すんごいアクセス悪いけどここもオススメ

 

晴れた日に露天の炭酸泉に入ると、泡の一粒一粒が太陽に照らされて

満天の星空のように輝くので本当に綺麗です

もちろん健康にもいい!

 

眠すぎてとりとめない文章になりましたがそんな感じです

喘息は完全に治ってないですがバイタリティには溢れています

最近の趣味はタロットで、

初対面の人でもやったげるとすぐに打ち解けられるのでとても楽しいです

100%感謝されて何かもらえたりもします

 

皆様はいかがお過ごしでしょうか

三寒四温で不安定な気温が続きますが、どうぞ皆様ご自愛下さいね

夏のとも

なんとなく、ホントなんとなくなのだけど、『Stand by Me』などという映画を見ることになった。有名すぎる主題歌についてはこれまで何度も歌ったことはあるし、なんなら往年の名作として過去に何度もレビューなどを目にしていたのだけど、なんの因果か、このタイミングで見ることになってしまった。

すっげーね。すっげーいいね。

そもそも僕は、この手の“ジュブナイルもの”みたいなやつにすこぶる弱い。
もはやいまさらこの映画のレビューを垂れようなんて思ってもないし、そこまで本気でメモりながら見たわけでもないので、「すっげーいい」くらいしか書けないだろうから、そこについては割愛する。割愛する代わりに、少年期のちょっとした記憶を思い出したのでそれを書いてみる。

小3、4年のころだったと思う。
隣の家に住んでたおばさん夫婦のところに、その親戚の子どもが夏休みの間だけ泊まりにきていた。名前すら覚えていないのだけど、なんとなく「ゆうくん」とか「ゆうちゃん」とか呼んでた気がする。

奇しくも彼は僕と同い年で、きっかけがどんなものかは覚えていないけど、仲良くなるのに時間はかからなかった。ゲームをしたり、宿題を教え合ったり、川で泳いだり、虫捕りをしたり、短いはずの夏休みの長い時間を彼とともに過ごした。彼が親戚の家から実家(たしか福岡市内だったように思う)に帰ると、僕の夏も終わった。彼は次の年の夏も同じように遊びにきては、僕と夏休みをともに過ごしてくれて、そしてまた、夏の終わりとともにいなくなった。

彼との思い出はどれもおぼろげで、具体的なエピソードなどはほとんど覚えていない。ひとつだけ鮮明に覚えているのは、彼が僕の家に泊まりにきて、当時僕の部屋にあったテレビで「トゥナイト2」を親に隠れて視聴、性のせの字も知らない時分にお互いに「ちんちんヤベェ」とはしゃぎあった記憶ぐらいだ。

ジュブナイルなんて呼ぶほど、そこに精神的な成長や冒険があったかというとそんなことはない。ただ、学校の友だちとも違う、言い方は悪いかもしれないけど、夏休みにだけ訪れるスポット的な友だちという存在がとても貴重で不思議で、ただ楽しかった。彼と過ごした日々はとてもキラキラした思い出だ。

その後、僕は親の都合で引っ越すことになり、それ以来彼とはそのまま音信を途絶えている。新聞の訃報欄で彼と同姓同名の少年が亡くなったことを知ったこともあったけど、世間にはよくある名前だったし、いまもどこかで元気に生きているのだろうと勝手に思うことにした。

懐古的な人間にはなりたくないなと思っていた。
昔はよかったなんて言いたくないし、そもそもちゃんと今を生きるだけで精一杯だったりする。けれど、失ったものとか、戻らない時間については、たまに思い返してみたり、虫干ししたり、そんな時間も必要なのかななんて思う。
そんな鑑賞後の、感傷。オチはない。

 

【3号】

過去の日記_1

7年前、はてなに投稿した日記が発掘されたので、ここに納品します。

2011年某日のことで、結局この原チャは返ってこなかった。

 

 おととい、バイト中に鍵さしっぱにしてたら原チャを盗られた。なくして初めて知る大切さというものを今かみしめている。このことを忘れないために、この原チャについて少し書き残しておこうとおもふ。
 僕の原チャ(Dioシルバー)を買ったのはかれこれ4年前。ボブとかアンソニーとかいろんなあだ名をつけていた。彼とはあちらこちら駆け巡ったけれど、やはり遠出が思い出される。
 東広島在住の******はよく彼とともに広島市内へ行った。すぐ横を抜いていくトラックにぶつかられそうになりながら、どれほど国道2号線を駆けたことか。バンドメンバーたちが車を持っていない時期なんか、アンプヘッドを股に挟み、エフェクターケースを膝に乗せ、ベースを肩で担ぐというトンデモな出で立ちで片道1時間かけて市内のライブハウスに通った。
 冬、深夜にライブが終わった後の帰り道は、雪の中で凍えそうやったなぁ。寒いよジョンと問いかけると、元気出せよ、なんていいながらクラクションをプップーなんて鳴らしやがって。かわいいやつだった。
 好きな子に会いに呉まで1日で2往復した日もあった。「少し考えさせて」という女の子の答えに戸惑いながら帰路についている僕に、Only God knows,brother!と声をかけてくれたボブの頼もしさと言ったらなかった。
 僕は彼を本当に大切にしていた。1000キロに一度のオイル交換は欠かさず、タイヤも交換し、ミラーが割れれば交換し、点検にもちょくちょく出して、今年に入ってから7万以上メンテナンスにつぎ込んだほどだ。エアフィルターやバッテリーの調子もこまめに確かめていた。
 なのにだ。どっかのチ●カス野郎はそんなこと気にもとめず好き放題乗り回してるんだろう。息絶えろ。マジで。どんだけ大切に乗ってきたか知らんやろお前。なめとんのか。
 まぁ社会の厳しさをなめとったのは鍵さしっぱにしてた防犯音痴のおいらなんだけどね。ごめんよジョニー。二度と鍵外し忘れたりしないから、お願いだから戻っておいで。ボブ。帰ってきたら、また広島市まで行こうね。

途中の文字が大きくなってて、直し方が分からなくて恥ずかしい

大学を卒業して6年が経つ。

「もうこんなに経つのか」と懐かしがるほど昔のことでもないが、「つい最近のことじゃんね」と一蹴するには大学については何も分からなくなっている。HUスタイルは廃刊になっているし、もみじだけでなく、いろは?それに文ロビには新しい椅子と新しい机が設置されて、白く清潔になってしまった。奥の書棚に乱雑に放置されていたCLAMPの『ツバサ』はどこかへ捨てられたのだろうか。
ああ文ロビ!懐かしい口の動き、ぶ、ん、ろ、び…。
しかし僕は文ロビになじみはなかった。
文ロビには楽しそうな人たちがいつもたくさんいた。楽しそうな人たちは、文ロビにいる誰かと必ず何かしらの知り合いみたいだった。彼らは風変わりなあだ名で呼びあって、大きな声で笑っていた。バイトをして、男女交際を目論み、洋服を買って、その洋服を着て、その上から赤や黒のジャンパーを着て、歯や舌を見せて笑っている、それら全てが僕は苦手だったのだ。
僕は醜く、髪の生え方や耳のしわの形からしてダサく、洋服を着るのが嫌いだったから、1年を通じて丸刈りで半裸だった。自分の顔にモザイクをかけるつもりで陰鬱そうな表情を貼り付けていた。当然のことながら、半裸で不機嫌そうな坊主の肉塊は誰からも相手にされなかった。
今なら「彼らが羨ましかった」と自分のダサさを受け止められるが、当時は嫉妬心や羞恥心や馬鹿にされているのではないかという不安感や孤独の悲しみが「憎しみ」になっていた。22歳のどんなに幼かったことだろう。とある小説家いわく、人間の感情の種類は年齢を重ねても大きな変化はなく、感情の表出方法こそが変化するとのことである。僕の感情の表れは子供のそれである。
憎しみを抱いている人間が文ロビに座って物欲しげに見ていても誰も声をかけてくれるはずもなく、悪循環が続くだけだというのに。
ある日、僕が誰かがやってくるのを文ロビで座って待っていたときのこと。
もちろん「誰か」なんてものはいない。抽象的な概念としての「誰か」。もうその日の授業は全て終わり、バイトへ行くもの、サークルに向かうもの、ただただ文ロビに座って話しているだけのもの、夕陽が差す中、いつものようにたくさんの人たちがいた。その中に、男女5、6人のグループがミスタードーナツの箱を抱えて誰かを待っていた。「ドーナツひとつあげるよ」と話しかけられないかな、と淡い期待を抱いていると、
「……ちゃん遅いね」「LL教室にいるくさい」「迎えに行く?」「あ、俺学生証今日忘れたけん連れてって」
と彼らは全員が連れ立って階段を上っていった。ベンチの上には鞄やマフラーや、そしてミスタードーナツが置かれたままである。
その瞬間、怒りで、そのままポロンと取れるのではないかと思うくらい頭に血が上って視界がユラユラした。
「たくさんの人がいる中ドーナツをベンチの上に残したまま席を外すなんて、①ドーナツのスペース分だけベンチに座れない人ができてしまうのに思慮が足りない②ドーナツに毒を盛られる心配をしないくらい周りを信頼している、その信頼感がなんかムカつく③信頼されるほどの関係でない僕が近くにいるのに放置するなんて僕がないものとして扱われたようでなんかムカつく」
と、今ははっきりと「言いがかり」と説明できるが、当時は彼らのその振る舞いが「自分たちはこの世界の主役である」と言っているように感じられ、煮え繰り返るはらわたをなだめることが難しかった。
結局僕は、彼らに「あなたたちは主役ではない」、そして「僕はここにいる」と教える意味も込めて、ミスタードーナツの箱を盗んで文ロビをあとにした。中のドーナツはフレンチクルーラーだけ食べてあとはぶどう池に捨てた。ポン・デ・リングは妙に耳に残る嫌な音を立てた。
 
またある日のこと、卒業を控えた4年の冬、文ロビに座っていると、背もたれを挟んで反対側に同級生2人が座った。同級生であるものの、もちろん会話を交わしたことはなく、あだ名をなんとなく知っている程度の認識しかこちらにはない。文ロビには僕たち3人しかおらず、「こんなに近くに座るなんて、僕が見えていないのではないか?」と戸惑いもあったが、近くに人がいると僕にも友達ができたようであたたかな気持ちも同時に抱いた。
彼らは「最高の死に方」について話をしていた。
「俺が死んだら世界が少し良くなって欲しい」
「例えば?景気が良くなるとか?」
「ううん、もっと些細なことでいい。付けっ放しになってた電気が消えるとか」
「テレビのチャンネルが変わるとか?」
僕はどうして彼らと友達じゃないんだろうか、くだらないけど楽しい会話のできる彼らの背後にいるのに一言も声をかけられずに黙って「誰か」を待ち続けるのはなぜなのか、僕の過ごした4年間はどこでなにをどう誤った結果だったのだろうか、と猛烈に後悔をして泣きそうになった。実際に泣いたのか、覚えてない。おそらく自分の部屋に帰って泣いたと思う。泣いてないかな。なんか泣いてない気がしてきた。でも後悔はすごくした。
 
僕の中にある文ロビのエピソードはこの2つくらいしかないが、6年が経ってもいまだに心にとどまっている。
6年。
大学を卒業して6年が経って、彼らはどうしているのだろうか。大きな地震がいくつかあったけど息災でしたか?結婚をしましたか?転職などしましたか?6年は長かったですか?あっというまでしたか? それらを知る方法が僕にはひとつもない。
思わず書いてみたものの、この日記のオチの付け方が分からない。というかブログ勝手に書いてごめんなさい。

肩パッダー サチ子 Part 1

今年で27歳のサチ子は社会に対して生きにくさを感じていた。

会社ではちょっとした意見を言うたびに「ゆとり世代が」などと罵られ、上司には責任を擦り付けられる。全国転勤の会社に就職し、2度の転勤を経たことで身近に友達と呼べる友達もいない。遠距離恋愛の彼氏に電話しても研究で忙しいだのバイトだのまともな会話さえできない。寂しくてたまらないのに、ラインの同級生グループの会話は馴れ合いが嫌で退会してしまった。
 
 世の中には人生における大きな夢や目標を追うことに充実を覚える人もいるだろう。しかし自分には、たとえば毎食後コンビニで少し上等の氷菓子を買ってそれがいかに美味いかをSNSにアップしそのコメント欄を眺める一連の過程の中に小さな小さな幸福を見出すことで精いっぱいなのだ。だれもそれを責めることなどできやしない。サチ子はそう思って暮らしてきた。

 そんなサチ子がある日ふと目を覚ますと、そこは全く見覚えのないクラブであった。自分はバーカウンターに座っている。薄暗いホールではミラーボウルがきらきらと輝き、胸に響くような低音と俗っぽいメロディが混ざった音楽の中で、たくさんの人が踊っていた。

サチ子にとってテレビでしか見聞きしたことのない、バブル期のディスコのような場所だった。そう思って周囲を見ると、たしかに熊手とトサカが一緒になったような髪型で肩幅のやたら広いジャケットを着た、いわゆるバブル期のファッションの若い女性がそこかしこで体を揺らしているのだった。

※イメージ画像(バブルファッションで踊る)
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 「大丈夫ですか?」
 ひどく挙動不審だったのだろう、一つ空けて隣に座っていた女性が心配して話しかけてきた。女はトメ子と名乗り、明らかに顔色の悪いサチ子に水を頼んだり背中をさすったり、できる限りのことをしてくれた。

 サチ子はトメ子と話しているうちにだんだんと落ち着きを取り戻していった。自分に何か恐ろしいことが起こっている、とパニックに陥りそうになるたびに、トメ子の気どらない優しさが不思議な安堵を与えてくれた。
会話の中で、お互い「サチ子」「トメ子」というやや古風な名前に対してコンプレックスを持っていることや内気で損をしやすい性格であることなどの共通項が見つかったのも、出会ったばかりの二人の距離を縮める手助けとなった。

 そして落ち着きを取り戻したサチ子は、やはりここはバブル期の夜の繁華街のディスコであり、なぜかは分からないけれど現代からタイム・スリップしてきたのだ、と考え、それを受け入れることにした。

※イメージ画像(バブル期へようこそ!)
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 そこへホール全体を包む大きな歓声が沸き起こる。
ディスコのメーンイベント『カダート』が始まったのだ。

『カダート』とは女性同士が一対一で行うスポーツで、互いの肩パッドをベット(賭ける)し、ベット分の肩パッドを“ボード”と呼ばれる穴の空いた羽子板のような木の板に向かって投げて得点を競うものである。

勝った方が負けた方の肩パッドを奪い自らの肩パッドに重ねる。そうして肩の盛り上がっている方がより格上となり、羨望の目を向けられることになる。
『カダート』のプロを「肩パッダー」と呼び、彼女たちは皆それぞれの目的のために肩パッダー最強の座を日々狙っている。頂点に君臨するのは“クリムゾン・ティアーズ(深紅の涙)”の異名をとる謎に包まれた人物だという。

※イメージ画像(肩パッド)
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ホール中央に設けられたリングに肩パッドで肩の盛り上がった女性たちが大勢集まってきている。どうやら自分が座っているこのカウンターが特等席だったらしい。押し寄せる参加者や観客の中、サチ子は訳も分からないまま、第一試合、第二試合と眺めていった。

※イメージ画像(集まる肩パッド集団)
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第三試合決着のころには、女たちが肩パッドを投げる華麗さ、奪い合う闘いの容赦なさにサチ子はすっかり魅了されてしまう。自分が生きてきた日常に、ここまで真剣に取り組めたものが果たしてあっただろうか。そしてそういった内省さえも霧散させてしまうほどの圧倒的な熱気がそこにはあった。

「アンタもやってみるかい」
カウンター周りの人波を押し除けて、一際身体の大きな女性が現れサチ子に声をかけた。
「でも私……」
「大丈夫さ。2P(※)ハンデはつけてやるから。ただし負けたらちょっとだけ付き合ってもらうよ」(※:パッドの意。2Pで「肩パッド2枚分」)
若干の抵抗を感じつつもカダートへの興味が抑えきれないサチ子はトメ子の制止を振り切りステージに上がってしまう。

 二人がステージに上がった瞬間、その場が静まり返った。
サチ子がステージに上がったからではなく、サチ子を誘った長身の女の姿を観衆が認めたからである。

女の名は真畔 花子(まぐろ はなこ)。通称「人狼の真畔」。
彼女の正体は、肩パッドのみならず金銭や場合によっては命のやり取りまで行う裏のカダート組織「蕪菁蜂(かぶらばち)」のメンバーであり、そしてそのカモとして不幸にも選ばれてしまったのが他ならぬサチ子だったのだ。

※イメージ画像(真畔花子)
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 当然試合展開は一方的なものであった。蕪菁蜂のような手練れに、カダート自体見るのも初めてであるサチ子が敵うはずもない。

 真畔が“人狼”の異名を取るのはその巨体に見合わぬ素早さゆえである。低い姿勢から瞬時にくり出される肩パッドは、サチ子が見様見真似で投げた肩パッドをつむじ風が木の葉を舞い上げるかのように次々と払いのけていった。

 全15ラウンドのうち14ラウンド目が終了した時点でサチ子4,358万ポイントに対し、真畔22億9,037万ポイントと圧倒的な差が開いてしまっていた。

もう後がない1投を前に、サチ子はどういうわけかふと幼い日にボーイスカウトに参加していた日々を思い出していた。

※イメージ画像(ボーイスカウト
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小さい頃は今と違ってワンパクだったサチ子は、よくボーイスカウトの活動をサボっては男の子たちを率いて忍者ごっこをしていた。忍者になるための修業と称し、川での水蜘蛛、竹筒で息をする水中潜り、壁登り、忍び足など考えうる限りのことは全てやっていた。

中でも力を入れていたのが、手裏剣投擲の訓練だった。身体の中心に太い軸があることをイメージし、腰に据えた左手に空き缶のアルミを切って作った薄い手裏剣を持つ。目標に対し身体の向きを垂直にし、右手で左手を撫でるように素早く、だが1投1投に力を込めてしなやかにストロークする。

※イメージ画像(手裏剣だ!)
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幼い頃のサチ子はこの手裏剣の特技で学習発表会の出し物のワンコーナーを勝ち得たこともある。サチ子は間違いなく田舎の退屈な小学校のクラスのヒーローだった。

 カダートがもたらす熱のこもった空気を浴びたせいだろうか、かつての記憶が鮮明に蘇る。
冴えない暮らしに慣れ、それが当然と思って生きてきた。しかしその中で燻り続けていた自らの魂が、今再び薪のようにパチリパチリと音を上げていた。

ゆっくりと、しかし凛とした動きで腰を深く落とし左手を腰に据え構える。
ステージの空気が変わった。
サチ子が全霊をかけた渾身の肩パット投擲を放つ。
肩パッドは空間にハサミを入れたような凄まじい直線を描き、板の中心に当たる。

そして―――音もなく床へ落ちていった。

ステージから一切の音がなくなった。
全てが終わった、そう思ったとき、驚きの声が上がる。
「ボードが!」
ボードが、サチ子の肩パッドが当たった箇所から捻れ切れるように破壊されていた。
「まさか!!“モンキー・レンチ”!!??」

“モンキー・レンチ”とは肩パッド投擲によりボードを破壊する荒業である。

肩パッドの質量、空気抵抗などからも想像できるように、並大抵の技術では到底なし得ない大技であり、かつてカダートの創始者と言われた「神殺し」鵲 京子(かささぎ きょうこ)が得意とした必殺の技でもある。
そしてその得点、実に195億8325万ポイント!

※イメージ画像(鵲京子)
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ここ数年の公式戦では誰一人繰り出すことのできなかったモンキー・レンチをカダートに触れてほんの数時間のサチ子が繰り出したのである。

「……やるね」
真畔が降参を申し出るまでに時間はかからなかった。
むしろ誇りであろう山のように積み重なった肩パッドを外し潔くサチ子に差し出す姿に、観衆はある種の美学を見いだした。
沸き上がる大歓声の中、サチ子は呆然と立ちつくしていた。自分が今何を為したのか、ここで何をしているのかさえ分からなくなっていたが、1つだけはっきりとしているのは、自分が忘れていた本来の自分を取り戻せた、という確信であった。

「アンタ、名前は?」
真畔の言葉に我に返り、あわてて名乗る。
「ふぅん。サチ子。いい名前じゃないか」
覚えておくよ、そう言い残し真畔は闇に消えていった。

これがサチ子、つまり後の「蕪菁狩りのおサチ」とカダートの出会いであった。

この後サチ子は肩パッダーとして「蕪菁蜂」と闘いながら、自分がなぜこの時代へやってきたのかを知り、また元の時代へ帰る方法を探すための果てしない旅に出ることとなる。
 
しかし、それは彼女の悲しい運命のほんの始まりでしかなかったのである。



つづく












つづかない



【マレーボネ】